2012年5月14日 (月)

神道は日本固有の仏教である

 

神道は、日本文化の発生とともにつくられた。はるか昔の日本人が肌で感じたままの自然のありかたが、神道の説く世界の構成になった。

 

彼らは、世の中に数え切れない霊魂があると考えた。人間一人ひとりにも、動物や植物にも霊魂があり、道具にも霊魂が宿る。さらに、その他にも空気中に数え切れない霊魂がある。かれらのはたらきで雨が降ったり、風が吹いたりするというのである。

それゆえ、古代人はさまざまな霊魂の力で、自分が生かされていると感じ、多くのものを神様としてしまった。文化人類学者は、この信仰を「精霊信仰」と呼んでいる。

 今日の神道は、縄文人の精霊信仰から発達したもので、縄文時代の遺跡から、土偶、玉類等の祭祀に用いられた祭器が出土しており、縄文的要素を多く残している。

 

2012年5月 2日 (水)

神様のルーツ NO2

 

前回は、神様の起こりについて述べた。 

 

 

 その後、三世紀末ごろから大和朝廷の全国統一がはじまり、古代人がまつっていた氏神さんは、村落を治める首長を国家(のちの皇室となる)に従わせることにより、各地の村落の神が固有の名前を持つようになる。それは、他の神と区別するためである。 

 

 

それとあいまって、平安時代以降、さまざまな信仰が流行する。そのたびに、古くからの神明を捨てて、よりご利益のある神をまつった。(大国主命をまつる神社が、八幡社や天神社に変わった例も多い)

 

 

 五世紀には、中央の大王(おおきみ)の下に出雲、吉備などの地方豪族が出現し、さらにその下に村落の首長が組織される形の整った秩序ができあがる。

 

 しかし、この段階で王家は、村落の首長が古くからまつってきた神々を否定して、全国の人々に自家の守り神を拝ませようとはしなかった。このため、氏神とつらなる神々は、すべて王家の守り神の親戚の神や家来筋の神とされた。これによって、日本では氏神教がとられることになった。

 

 

 戦国時代には、個人の出世や合戦の勝利などの私的なご利益を神々に求める者が多くなった。

 

 

 さらに江戸時代には、商売繁盛と金運をもたらす稲荷神がひろくまつられた。(現在19,800社と日本の神社数のトップ)

 

 

 近代には、明治天皇を祭神とする明治神宮のような近代の人間をまつる神社ができる。

 

 

 日本ではこのように、あらゆるものが神になりうるのである。

 

 

2012年4月12日 (木)

神様のルーツ

日本国内には、約12万の神社がある。日本人は、無宗教だと言われながら、これだけ多くの神社が古代から現代まで、まつり続けられてきた。

神社に何らかの御利益があることによるものだと思いがちだが、決して御利益を求める行為だけが、神社を支えた訳ではない。

近年まで、神社は1つの地域のまとまりの中心であった。祭りを中心として。又、古くは現実的な利益ではなく、正しい心で生きられることを願って、神社を訪れた。その考え方は、神道につながっている。

日本では「八百万(やおよろず)の神」という言葉にあらわされるように、きわめて多様な神がつくられている。

古代人は、200人ほどの血縁集団が村落をつくり、自分たちの団結の拠りどころとして、土地の神を信仰していた。古い型の神々は、土地の守り神としてまつられたものである。故に思い思いの神をまつっていた。

このような神々が、氏神さんにつながっていく。

氏神のもととなった地域の守り神は、特定の名前をもっていなかった。神をまつる人びとは、自分たちを守ってくれるものを、「み霊」(たま)、「神」、「命」(みこと)などと呼んで敬っていた。

「み霊」とは、「たましい」で、よい心をあらわす。古代人は、すべての人間が、体の中に「たましい」という清い心を持つと考えた。そして、肉体を持たず「たましい」だけで存在するものを「神」だとした。

古代人は、神は自然を整えて、自分たちを守ってくれる温かくて広い心を持ったお方だと考えた。(母親のような目で、人びとを守り、願いを叶えてくれる)

それと共に、自分たちも神と同じ清い心で、助け合っていかねばならないとした。<続く>

(「知っておきたい日本の神様」武光誠著より)

2012年2月 1日 (水)

仕事は楽しくあるべき

☆仕事は楽しいですか?

 会社経営で大切なことは「人を育てる」ことです。「企業は人なり」と言いますが、社長は自分の後継者を育てなければならないし、仕事をまかす管理者も育てなければなりません。管理者も同じように、次の管理者候補を育てるということが、重要な仕事です。

 そこで、職場の若い人に「仕事は楽しいですか?」と聞いてみましょう。「楽しいです」と答える人がいる会社は、人を育てるしくみが整っている”いい会社”です。

 一方、「まあまあです」「それなりに」「楽しいわけがないですよ。辞められれば辞めたいです。でもほかにいい仕事がないから、仕方なく働いているのです」と答える人が多い会社は問題です。

 ゴルフの好きな人は、お金を払ってもやります。お金を貰える仕事よりも、お金を払うゴルフのほうがなぜ楽しいのでしょうか?

 ゴルフの楽しさを追及してみると、意外と仕事にも関連することが見つけられます。また、人を育てるポイントも得られます。

☆自分で決めた目標にチャレンジするから面白い

 シングルになりたいという壮大な目標を掲げて、ゴルフにチャレンジする人もいますが、そんな大きな目標ではなくても、ゴルフはスタート前に必ず目標を設定するものです。

 「今日は100をきるぞ」とか、「3パットはしないぞ」、「OBは出さないぞ」とかを心に誓います。

 人に言うかどうかは別にして、人に言われるまでもなく、自分自身で自発的に決めます。その目標レベルは実力の120%くらいの高さになります。

 自分自身が決めた目標にチャレンジするから、ゴルフは楽しいのではないでしょうか。

☆結果がはっきりわかり、自分で自分を評価するから面白い

 ゴルフは結果がすぐ出ます。「100を切る」という目標を掲げてスタートした結果は、ラウンド終了後すぐにわかります。場合によっては、ラウンドの途中でもわかります。高めの目標を設定しているので、ほとんどの人が目標を達成できずに反省することになります。

 ここで大事なことは、自分で自分を評価し、どこがいけなかったかを分析するということです。たいていの方は、自分の技術のまずさや精神力の不足を自分で確認し、もっと練習しようと反省します。自分で自分を評価するから納得できるし、また頑張ろうと思えるのではないでしょうか。

☆自分で好きな戦略がとれるから面白い

 ゴルフは、たとえ同じコースをプレイしても、まったく同じ条件でプレイすることはありません。毎回風の向きや強さが違うし、ピンの位置も違う。ボールが落ちる場所は毎回違います。平らなところとは限りません。前上がりだったり、前下がりだったり、バンカーだったりと、次のショットをするたびに、その状況を的確に把握し、どう攻めるかという戦略を判断し、それに合ったクラブを選び、その状況に合った打ち方をします。ドライバーで打とうが、アイアンで刻もうが、隣のコースから攻めようが、まったく自由です。自分の好きなようにできるから面白いし、失敗しても納得するのです。

☆努力が報われ、誉められるとその気になる

 この他にも、ゴルフは練習すればするほど、必ずうまくなります。どんなスポーツでも、あるいは習いごとでも、自分の努力が報われたと実感できるほど、楽しいことはありません。

 ゴルフがうまくなると、人から誉められます。プレイ中でもいいショットをすれば、「ナイスショット!」と拍手してもらえます。誉められて悪い気はしません。

 以上、仕事に関してもまったく同じことが言えますので、参考に。

2012年1月 1日 (日)

リスクをとるのは社長の仕事

☆株式会社の起源

 株式会社の起源とされる17世紀の大航海時代、貿易船への出資者は、船長の商才と大航海の危険を乗り切る腕に賭けて投資しました。出資額に応じて利益が分配されることから、その正確性を求めるため、複式簿記が用いられる起源ともなっている。

 この構図は、今でも基本的には変わらないでしょう。その最もいい例が、ベンチャー企業への投資ということになるでしょう。

☆経営者はチャレンジャー

 この意味からも、経営者は何よりもチャレンジャーでなければなりません。高く掲げたビジョンに近づけるためにターゲットを策定し、これを実現していく過程で発生する色々なリスクに敢然と立ち向かうのが社長の役割です。ところが、この役割を部下に任せるということは、根本的に間違っています。この判断を誤ったのが、雪印乳業や不二家の社長だったのではないでしょうか。

 リスクといっても、不祥事に対する危機管理のことであって、社長は社会的重要性をいち早く見抜き、最初から社長自らが先頭に立って対処すべき問題でした。両者の社長とも、事件の重要性に対する認識が甘く、リスクを冒してまで情報公開に踏み切る時期を失くしたことは紛れもない事実です。

 要は「何がリスクか?」という感覚が、社長には大切です。もし、それが経営にとって大事だと判断すれば、何をおいても社長が先頭に立って対応の指揮をとらなければならないのです。その理由は、社長を除いて誰もリスクを負う決定を下せないからです。

☆リスクは企業存続の証

 もともと、会社が発展していく上で色々なリスクがあるのは当たり前のことで、これから一つ一つクリアしていってこそ、初めて会社も従業員も進歩していくことになるのです。

 リスクがあることは経営が存在する証であり、リスクへのチャレンジこそ経営活動の根本だといえます。出資者の危険分散のために株という形が考えられたという、株式会社の発生時点にまで遡れば、出資者の冒す危険(リスク)を一身に負った経営を預る経営者、社長の仕事はまさにリスクへのチャレンジです。

☆中小企業の社長業の面白さ

 だいたい中小企業の社長の仕事の面白さは、自らリスクにチャレンジする機会が沢山あって、しかもその一つ一つを自分の力と指導力で解決していけるところにある、と思うのです。だから、もしリスクにチャレンジすることを避けるようになったら、その社長は失礼ながらもう交替期にあると思っていいでしょう。

 もっとも、リスクといえば誰もがすぐ頭に浮かべるのは新規事業への進出、あるいは事業の拡張といった前向きのものもあるでしょうが、必ずしもそうばかりとは言えないものもあります。新規事業が失敗したり、不況で拡大した設備や人が不要になったり、あるいは納入した製品に欠陥がみつかり、大切な得意先を失うような事態になったとき、また先の不二家の例のような事件を引き起こしたら、その時どうしたらいいのか。これらはそのやり方によって、会社の財産・信用に大損失を与えることになりかねません。

 どのような形で、会社の損失を最小に留めて解決するか、これはまさに社長の決断と行動にかかっています。

 大企業もさることながら、中小企業にあっては、相当なリスクが予想される案件は、必ず社長がその対策の方針を決めるだけでなく、その実行から結果をみるまでの全局面にわたって直接指揮に当らなければなりません。

 リスクへのチャレンジは社長の選択に任されますが、同時に従業員にも結果的にリスクを負わせることになることを肝に銘じよう。

2011年12月 1日 (木)

事業を発展・生き残るには

☆思い込みの事業計画書

 社長の 「強く、激しい思い込み」 によって、社員を動かし業績を上げている企業がある。

 今、寿司店一店舗で、日本中で最も売り上げているのは、喜代村の 「すしざんまい」 である。わずか30坪の店で、年に10億円も売り上げている。抜群の人気で、テレビで何度も放映された。

 この社長、木村清さんの「事業発展計画書」が特異だ。書き出しから、5ページ、10ページ、句読点がなく、文字が止めどなくズーッと続いている。いわゆる文章になっていない。

 しかし、社長の激しく、強い思い込みが、行間に満ち溢れ、叩きつけるようにかいてある。

 商品への思い込み、お客さんへの対応の熱い思い込み、社員を幸福にしたいという涙が吹き出るほどの思い込みが、切れ目なく、際限なく書いてあるのだ。

 こうなると、文章の上手下手などまったく関係がない。

☆自信と存在価値を磨く

 事業は、社長が最初の一人であり、最後の一人でもある。

 部下は、社長の思い込みを分担代行する役目である。これが組織の根幹である。

 社長に強い思い込みがないと、社員は動かないし、目標の達成も、目的の完遂もできない。社長の激しい思い込みは、そんな時でも、自らを信じる姿勢、つまり、自信にあふれていなければ生まれない。

 その自信は、商品やサービスや技術や社員が、他のいかなる相手よりも、お客さんに強く必要とされるくらいに、存在価値を磨き上げることによって、初めて生まれる。

 社長自身もまた、お客さまや、社員や、周りにいるすべての人に強く必要されることを、絶えず哲学として生きていなければならない。

 たとえ流行病が起こっても、地震に遭遇しても、生き続けることができるものだと信じることである。

☆拡大戦略の落し穴

 1店を10店に増やす。つまり、売上の10倍増を狙うわけである。当然、100店舗にすれば、売上は100倍になる。

 こういう戦略の根底には、一つの成功ノウハウを全体に及ぼすことで、市場を占拠していくというシンプルな拡大思想である。この単純な拡大戦略は、単純なだけに原理であり、典型であり、間違うと大きな落し穴にはまる。

 一つひとつの事業の成長や拡大には、根本に限度が存在している。その最大の限度は、「人口を超えては成長も拡大もできない」ということである。このことが根本思想にないと、次の手の打ち方に行き詰まりをきたす。限度が到来してからでは遅すぎるのだ。

 狙うマーケット全体の占有率が、25%に達したら、いわば「完成の域」に達していると判断すべきである。そして、すぐに「次の新しい展開を予測し、準備し、実験し、業態を変革し、新しい成功ノウハウを付加しなければ、生き残って繁栄することは難しい」

☆生き残るには

 「進化論」を説いたダーウィンは、その著『種の起源』で、「最後まで生き残って栄えるものは、強いもの、大きいものでもない。まして、頭の良いものでもない。時を超えて栄える種は、環境に適応して自らを変革できたものだ」と書いている。

2011年11月 1日 (火)

財務分析の極意

☆分析の基本型

 財務分析という言葉を聞いただけで、拒否反応を起こす人がいます。

 難しいことではありません。 「去年よりいくら売上が増えているか?」 、 「去年より何%利益が増減したか?」を知ることです。故に、99%は加減乗除の世界ですので、電卓さえあれば簡単にできます。

 学習塾の経営で、お話しします。2月か3月になるとチラシが発行されます。やはり公立トップ校に何人生徒を入学させたかを、強調します。あるライバル校のチラシには、公立トップ校に120人合格とありました。市内で6教室を展開しています。

 一方、規模の小さい学習塾は、40人合格させました。1教室しかありません。ライバル校は1教室20人の合格者です。規模の小さな学習塾の方が、断然レベルが高いことがわかります。

 分析の基本型は、 「1単位あたりいくらか」 を出す。即ち割り算をすることで求められます。

☆分析の極意

 何をどのようにして、分析するかが問題です。優秀な経営者は、押えるべき数字をきちんと押える人だといえます。

 自社の売れ筋商品は何か、一番利益に貢献している商品は何かを、まず知ることです。その商品の仕入価格を、常に把握していなければなりません。又、重要な商品の在庫数量も、押えておくべきでしょう。

 ライバル店の商品アイテム数も、押えることによって、自社の販売戦略は変わってきます。

 分析の極意とは、ある数字を定期的に押えることです。株式の運用プロは、毎日の日経平均だけをもって分析しているのではありません。アメリカの雇用統計とか乗用車販売台数にも、気を留めています。

☆決算書分析

 分析の基本型は、 「1単位あたりを計算する」 といいましたが、その他に、何と比べるかも重要です。去年の数字や同業他社の数字と比べることによって、答えが出てきます。

 特定の数字を押えることも大切です。特定の数字とは、当期純利益や自己資本比率、増収率です。

 分析をする人の状況や立場によっても、決算書の押えるべき数字は変わってきます。例えば、損益計算書には利益とつく項目がいくつもあります。社員は、ノルマを与えられているので、売上に直結する営業利益が気になります。社長は、経常利益に目がいきます。株主は、配当を期待するため、当期純利益を一番注目します。

 このように、必ずしも目に留まる数字は、同じではありません。故に、財務分析の極意は、すべての数字を均等に見ようとするのでなく、 「いま自分にとって (会社にとって) 一番大切な数字はなにか?」 「どの数字を押えるべきなのか?」 をはっきりさせることです。そうしないと、わけがわからなくなってしまいます。

☆数字は正直だが、魔物

 ある会社の社長さん (売上高6,000万円、正社員3名) が、 「おたくの会社は、何人おられますか」 と質問され、小さいと馬鹿にされると思って、 「 (バイトを含めて) 7人です」 と答えてしまいました。その結果、 「1人当り1000万円も稼げないような会社、社長の手腕も疑わしい」 と、取引を見直されたということです。相手の意図する所を、よく考えて、返答することが必要です。

 数字のセンスを身につけるためには、日頃からあらゆる場面で、 「ちょっとした数字」 にも気を配ることです。そして、あらゆる数字の背後には、ちゃんと 「意味」 があることを気に留めなくてはなりません。

2011年10月 1日 (土)

事業はだれのもの

☆魅力ある経営者とは

 「経営の神さま」 と呼ばれた松下幸之助氏のもとで、22年間、直接指導を受けた江口克彦氏 (PHP研究代表取締役社長) は、 「松下幸之助は自分の事業を考える時に、まずお客さんが喜んでくれるものはなんだろうかと常に考えた」 と、 『上司の哲学』 (PHP研究所) の中で述べています。

 そのことを示す一つのエピソードを同書から紹介しましょう。

 ・・・・・・1970年、大阪で万博博覧会が開かれたとき、松下電器は大きな池の中に法隆  の夢殿を模した美しいパビリオンを建てた。マスコミでも話題になり、このパビリオンを一目見ようと、多くのお客さんが長蛇の列をつくったのだった。

 ある夏の日、松本さんは突然このパビリオンを訪れた。そして、別の入り口から入れるにもかかわらず、炎天下の中、お客さんと一緒に長蛇の列に並んだ。二時間かけて、やっとパビリオンの中に入ったとき、松下さんは係りの人に、 「もっとスムーズに、パビリオンに入れるような新しい誘導方法を考えること」 「日よけになる大きな傘を配置すること」 「紙の帽子を作り、並んでいるお客さんすべてに配ること」 という三つの指示を出した。

 この帽子が話題になった。当然、帽子には 「ナショナル」 という文字が入る。お客さんはこの帽子をもらい、松下電器のパビリオンを出てからもかぶり続けていたのだった。その光景を見て、他の電器メーカーの人達は、 「さすが松下さんは商売人だ。万博の会場までも宣伝の場に使おうとしている」 と皮肉をこめて言ったという。

 しかし、それは違う。松下さんは、万博の会場を宣伝の場に使おうと思ったのでもなんでもなく、ただ純粋に、並んでくれている人たちを気の毒に思っただけなのです。それが結果として宣伝効果を生んだに過ぎなかった。松下さんにすれば、炎天下の行列を終えれば捨ててもらってもかまわなかった。これが松下幸之助の哲学なのだ (抜粋)

 このエピソードからも、 「お客さまの喜びを常に考える」 という松下幸之助氏の考え方がよく伝わってきます。

☆企業の本質は公にある

 さらに、事業経営について松下幸之助氏自身は、次のように述べています。

 「事業というものは、自分のためにあるものではない。事業というものは、従業員のためにある。従業員のためだけではない。これは社会のためにある。国のためにある。そうすると、小さいながら、わが商売というものは、公のものである。法的には、個人のものであるかもしれないけれど、その本質は公のものである」 ( 『社員家業』 PHP文庫 )

 松下幸之助氏の企業経営の基準は、お客さまであり、従業員であり、さらに社会や国でもあったのです。

 昨今、日本を代表する名門企業のたび重なる不祥事を見るにつけ、経営者の判断の基準が自社の利益中心のものの見方から、従業員やお客さまである相手へ、さらに社会といった第三者へも絶えず目を向けていくことが、今後よりいっそう求められていくのではないかと思います。

 「事業は自分のためにあるものではない。その本質は公のものである」 という松下幸之助氏の言葉は、いつの時代であっても企業経営の原点とでも言うべき 「金言」ではないでしょうか。

☆ 「三方よし」 に通じる

 近江商人の経営理念 「三方よし」 は、 「売手よし、買手よし、世間よし」 と、決して自分だけの儲けを考えていません。

 松下さんの言う、 「企業は公のためにある」 という考え方に通じている。

 企業は公のためにあるという視点に立てば、決して不祥事を起こそうなんて気は起こらないはずです。

2011年9月 1日 (木)

経営ビジョンを明確に

☆魅力ある経営者とは

 経営ビジョンを明確にしないと社長は務まりません。自分の生き方についての信念や、部下を指導していくための指導理念を持たない社長もいます。

 毎日 「忙しい、忙しい」 と日常業務に追われ、 「そんな経営ビジョンだけでメシが食えるか」 「精神論なんかよりも、明日からの仕事を開拓しなくては」 と、自分で仕事を抱え込み、結局、仕事に追われているのです。

 これでは10年、20年たってみると、 「無為に終わってしまった」 「何のための事業だったのか」 とがっくりすることになります。

 社員からも、 「ウチの社長には信念というものがない」 「ウチの社長は何を考えているのかわからない」 などと、反発されるようになるのです。

 企業を統率する社長が、何の理念もなく、目標、方針を示さないようでは、社員も又、その日さえ過ぎればいいと、安易な考えに流されていくでしょう。そんな社長に魅力を感じて、ついてくる社員はいません。社長の魅力は、経営ビジョンによって左右されます。

☆経営ビジョンは人生論

 社長は、価値観、つまり自分のものの見方、考え方を確立する必要があります。これは、経営哲学といわれるもので、 「経営理念」 「経営信条」 「経営目的」 「社是」 というものに反映されます。

 一方、 「社訓」 「社員行動指針」 は、社長の価値観 (経営哲学) を基にして、社員にこうあってほしいという願いを示すものです。

 経営ビジョンは、実は、商売・仕事をするためにのみあるのではありません。 「何のために生きるの」 「何しに、この世に生まれてきたの」 といった、人としてこの世の務め (人生の目的) を明確にし、 「何のために経営するのか」 を導かねばなりません。人生の大半は、経済活動ですから。経済活動そのものが、人生ですから。

 ところで、こうした経営の根本となる考え方は、学校では教えてくれません。せいぜい、必要性を説き、 「経営ビジョン」 の事例を習うだけです。

 松下幸之助さんは、 「経営にとって一番大切なのは、経営者が正しい宇宙観と人間観を持つことだ」 と言っています。氏は、わからないことは、わかっている人に聞けといって、道を求めました。

 経営ビジョンは、人生論です。人の話に耳を傾け、書に求め、自分なりの経営ビジョンを深めていきましょう。初めは、人の借りものでいいと思います。

 ☆ 「三方よし」 の深い意味

 近江商人の経営理念は、 「三方よし」 です。この考え方は、宇宙観からも導き出されています。自分だけ儲けではいけない、相手も社会も、利益があるようにということは、相互扶助の考え方です。

 この宇宙、自然の働きは、すべて助け合いの精神で成り立っています。これが自然の法則、即ち宇宙観の一端です。

 近江商人の代表的な人物、伊藤忠の創立者・伊藤忠平衛は、熱心な真宗の門徒です。 「商売売れてもお勤め忘れるな」 と堂々言っていたそうです。

 大阪に御堂筋という大きな通りがあります。この名前の由来は、この通りの南北に北御堂と南御堂があり、いずれも真宗の別院です。この二つの別院があることから、御堂筋と名づけられたのです。

 近江商人は、地元で商売に少し成功すると、この御堂筋界隈に店を出すのが、一つの夢でした。その理由は、朝な夕なに御堂の金が聞こえ、甍 (いらか) が見えるからです。

 伊藤忠を始め、近江絹糸、丸紅と出店、その後銀行、証券会社が次々と、御堂筋に集まって今日の大阪のビジネスセンターが出来たのです。

 その基を礎いたのは、宗教心に支えられた近江商人であると言っても過言ではありません。近江の国は、真宗の盛んな所です。一人の成功者の後を追って、次々と外へ出て成功したのが、近江商人の成り立ちです。

 経営ビジョンは、奥が深く、哲学から宗教心まで含まれます。一朝一夕には、持てるものではないことを、肝に銘じなければならない。

2011年8月 1日 (月)

数字に弱くても「数字のセンス」を磨こう

☆数字に 「勝い」 「弱い」 とは

 会計や経理に苦手意識のある人は、数字に弱いと思っていることが多い。

 経営では、確かに数字は大切だが、決して数字に強くなくてもいい。数字に対する“センス”があればいいのである。

 数字に 「勝い」 「弱い」 といった表現をよく耳にすることがあるが、多くの人がイメージする 「数字に強い人」 とは、方程式をすらすら解くことができたり、暗算でワリカンの計算ができたりする人、つまり数字が得意な人のことを指すのだろう。

 逆に、 「数字に弱い人」 とは、足し算や引き算くらいならできるが、それ以上のレベルの計算は苦手で、数字を見ると苦手意識、又は拒否反応が先行してしまう人のことをいうのだろう。

 しかし、決算書を読んだり、財務分析をするのに、99%は足し算・引き算・掛け算・割り算、即ち加減乗除の世界であり、主として電卓さえあればできるのである。

☆物事をキチンと数字で押える

 数字に対して、センスがあるかどうかを確かめる事例を示そう。

 いま、次のようなキャンペーン広告を見て、どう判断しますか。

  「50人にひとりが無料、キャッシュバックキャンペーン実施中」

 ある商品を買うと、その場で50人に一人はタダになるのである。 「50人なら、当たるかも」 「へぇ、タダになるなんですごいなぁ」 「50人にひとりじゃ、仲々当たらない」 と答えた人は、センスのない人である。

 「無料」 になるという観点でしか物事を考えず、あまりにも 「無料」 にとらわれすぎる。

 広告主のねらいは、 「無料」 → 「お得」 という言葉が持つ絶大な力を使っているだけで、 「無料」 ということにたいした意味を置いていない。50人に1人とは、100人に2人、即ち2%の還元にすぎない。

 現在の商戦では、2~3割の割引は常識であり、それ以上でないとお客さんをひきつけることは出来ない。

 数字に対するセンスとは、 「たった2%の割引だ」 ということを、見破られるかどうか!!  「別の表現でいっている」 ことに気づくかどうかである。

 要するに、 「無料」 という言葉や、表現のインパクトに惑わされずに、物事をキチンと数字で考えることができるかである。

 成功事例は、全日空が2002年に実施した 「楽乗キャッシュバックキャンペーン」 である。目の前で何人もの人が、払い戻しを受けた状況は、たちまちにして口コミとして広がり、数十億円の利益を得たという。

☆決算書で使う数字のセンス

 では、実際に決算書を読む場合、どこを、どのようにすればいいのか考えて見よう。

 まず、すべての数字を均等に見ようとするから、わけがわからなくなるのである。 「いま自分にとって (会社にとって) 一番大切な数字はなにか?」 「どの数字を押えるべきなのか?」 を考えることである。

 利益と一口に言っても、その立場や状況によって押えるべき数字は変わってくる。

 社員は、営業利益を、社長は経常利益を、株主は配当を期待するため、当期純利益を見るものである。

 押えるべき数字をきちんと押える人が、優秀な経営者といえる。そのためには、特定の数字を定期的に押える事が 「分析の極意」 である。又、提供された資料だけを見るのではなくて、昨年の数字と比べることや、同業他社の数字と比べることによって、問題点が見えてくる。

 数字のセンスは、すぐ身につくものではない。日頃から、日比の生活の中で 「ちょっとした数字」 にも気を配ったり、数字の背後にある 「意味」 を理解する努力が必要である。

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